名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)531号 判決
控訴人(附帯被控訴人)…以下「控訴人」という。
国
右代表者法務大臣
高辻正己
控訴人(附帯被控訴人)…以下「控訴人」という。
三重県
右代表者知事
田川亮三
右両名指定代理人
小島浩
同
村角善高
右控訴人国指定代理人
植田光彦
外二名
右控訴人三重県指定代理人
桑名都義
外十二名
被控訴人(附帯控訴人)…以下「第一被控訴人」という。
細川義男
外二〇六名
右二〇七名訴訟代理人弁護士
赤塚宋一
同
石坂俊雄
同
村田正人
同
松葉謙三
同
中村亀雄
右五名訴訟復代理人弁護士
福井正明
同
伊藤誠基
同
渡辺伸二
同
谷口彰一
被控訴人……以下「第二被控訴人」という。
中尾きくえ
外七七名
主文
一 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
二 第一・第二被控訴人らの請求を、いずれも棄却する。
三 本件附帯控訴(当審における拡張部分も含めて。)をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は第一・二審を通じ、控訴人らと第一被控訴人ら間で生じた費用は第一被控訴人らの、控訴人らと第二被控訴人ら間で生じた費用は第二被控訴人らの各負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(控訴人ら)
一 控訴につき
主文第一・二項同旨。
二 附帯控訴につき
主文第三項同旨。
(第一被控訴人ら)
一 控訴につき
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
二 附帯控訴につき
1 別紙被控訴人目録一・1及び同目録二・1記載の被控訴人ら(同目録二・1記載の被控訴人らについては請求の拡張。)
(一) 原判決中、被控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。
(二) 控訴人らは、各自、被控訴人草深良徳を除く被控訴人らに対し、各金一一〇万円及び内金一〇〇万円につき昭和四九年七月二五日以降、内金一〇万円につきこの裁判の確定した日の翌日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 控訴人らは、各自被控訴人草深良徳に対し、金一八七万円及び内金一七〇万円につき昭和四九年七月二五日以降、内金一七万円につきこの裁判の確定した日の翌日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 訴訟費用は第一・二審とも控訴人らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
2 別紙被控訴人目録一・2、同目録二・2及び同目録記載三の被控訴人ら(同目録二・2の被控訴人らは請求の拡張、同目録三の被控訴人らは請求の減縮。)
(一) 原判決中、被控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。
(二) 控訴人らは、各自、被控訴人諸角昌吾を除く被控訴人らに対し、各金七七万円及び内金七〇万円につき昭和四九年七月二五日以降、内金七万円につきこの裁判の確定した日の翌日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 控訴人らは、各自被控訴人諸角昌吾に対し、金一五四万円及び内金一四〇万円につき昭和四九年七月二五日以降、内金一四万円につきこの裁判の確定した日の翌日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 訴訟費用は第一・二審とも控訴人らの負担とする。
との裁判並びに仮執行の宣言。
(第二被控訴人ら)
一 被控訴人森橋政一
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 当事者双方の事実上の主張及び立証
当事者双方の主張及び立証は、次に付加するほか原判決事実摘示中控訴人らと被控訴人らの関係部分と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決三九枚目裏三行目「七月二九日」とあるのを「七月二四日」と、同九二枚目裏九行目「石丸増歳」とあるのを「石丸益歳」と各訂正する。)。なお、被控訴人森橋政一を除く第二被控訴人らは適式の呼出を受けたが当審口頭弁論期日に出頭しなかった。
また被控訴人目録五記載の被控訴人欄記載の三四名の被控訴人らは死亡し、それぞれ訴訟承継人欄記載の各被控訴人らがこれを相続した。
(第一被控訴人らの主張)
一 志登茂川の改修工事の緊急性及び必要性について
1 一身田地区は、戦後だけでも昭和二八年九月二六日、同三四年八月一三日、同年九月二六日、同三六年六月二六日、同四六年八月三〇日、同年九月二六日及び本件の同四九年七月二五日の七回にわたって床上浸水の被害を受けており、さらにこの間に発生した床下浸水のみのものを加えると、一身田地区は二年に一回の割合で水害があり、三年に一回程度の割合で床上浸水被害が起きる水害多発地帯である。これによる損害を三重県内の同種・同程度の他の河川の損害と対比しても、志登茂川は最も多く家屋被害の発生した河川である。
2 右浸水被害は、控訴人三重県が、昭和二九年頃一身田市街地と志登茂川に挾まれた地域に東西に県道津・関線を開設し、更に、同控訴人が設立した財団法人三重県開発公社が、昭和三五年から同三七年にかけて、高田慈光院前の通称昭和通りを隔てた東側に広がる広大な農地(総面積八万九一〇三平方メートル)を潰し、田面から一メートルもの盛土をして一身田団地(総戸数四五四戸、内二九四戸は公営住宅、一六〇戸は分譲住宅)を開設した結果生ずるようになった。
即ち、右二つの開発行為は、志登茂川と一身田地区間に存した遊水地帯を縮小し、溢水流の流路をふさぎ、その結果一身田市街地全域が従来の浸水位、流速を越える洪水流の浸入を受けるようになり、被害を一層拡大し、かつ激化させることになった。
3 以上のとおり県道の開設、一身田団地の造成が水害の激化を招いたものであるから、河道を拡幅することによって行う抜本的改修は、団地を造成した昭和三五年から同三七年には実施されねばならなかったものである。
控訴人らが、遅くとも新河川法の施行された昭和四〇年に志登茂川の右のような改修に着手していれば、仮に控訴人ら主張の諸制約があったとしても、少なくとも現在の平野井堰から今井井堰間の河道拡幅工事(毎秒一五〇立方メートル)は本件水害時までには完成し、甚大な被害は回避しえたはずである。
二 本訴請求と最高裁判所昭和五九年一月二六日第一小法廷判決(民集三八巻二号五三頁、以下「大東水害訴訟最高裁判決」という。)との関係
1 大東水害訴訟最高裁判決は、未改修の河川または改修の不十分な河川の安全を保つための改修は、財政的制約等諸制約のもとでは、過渡的安全で足る旨の判断を示している。
しかしながら、国や地方公共団体が、自ら、あるいは地方公共団体の設立した地方開発公社を通じて行った施策によって、洪水時の河川の持つ本来の危険性を著しく高めるがごとき行為、例えば、堤防を一部破壊したり、遊水池を埋め立てたりして自然が洪水に対して持っていた防御力を人工的に弱体化させた場合にまで大東水害訴訟最高裁判決の判断は当てはまらないと解すべきである。蓋し、右のごとき危険を作出した国や地方公共団体は、河川管理者として、自ら作出した危険に対応した加重された責任を負うと解すべきであり、これを完全に除去すべき義務を負うものと解すべきである。
2 控訴人らは、三重県は、昭和四六年八月及び九月の志登茂川の連続した水害を契機にして、直ちに同川の安全度を高めるべく全体計画の策定に入り、昭和四七年度から中小河川改修事業として施工を開始したところ、その改修中に本件水害が発生したものであるから、右全体計画に格別不合理が認められないならば、早期に当該部分の改修工事をせねばならぬ特別事情が認められない限り、河川管理に瑕疵はないと主張するけれども、同種・同規模の河川管理の一般水準や社会通念に照らして判断しても、本件においては、計画の策定時期や工事実施時期が遅きに失し河川管理に瑕疵がある。
しかも、志登茂川は、昭和三七年以降同四九年までの間、三重県内で最も多数の家屋被害を生じた河川であったことからすれば、緊急に改修を要する状況にあったものであり、更に先に主張したとおり、控訴人らが危険作出者として深くかかわっていた事は、河川管理の瑕疵の有無を判断する特別事情ないしは諸般の事情として当然考慮しなければならぬことである。
三 附帯控訴について
第一控訴人らは本件水害により、日常生活を侵害され多大の損害を蒙っているので、床上三〇センチメートル以上の浸水被害を受けた者については、慰謝料として一〇〇万円、弁護士費用として一〇万円を、床上三〇センチメートル未満の者については慰謝料七〇万円、弁護士費用として七万円を各請求するところ、これに従って別紙被控訴人目録二、三記載の被控訴人らにつき、それぞれ附帯控訴の趣旨記載のとおり請求を拡張ないし減縮する。なお被控訴人草深良徳、同諸角昌吾については、承継分を含む。
(控訴人らの主張)
一 志登茂川の河川管理に伴う諸制約
1 財政的制約
三重県内の未改修の河川を昭和五三年現在、一度に整備するのに要する事業費は、約四〇〇〇億円から五〇〇〇億円を要し、右は同県の歳出予算二八〇〇億円の約二年分に当たる。
三重県は、昭和二八年の一三号台風、同三四年の伊勢湾台風によって大災害を受けたのをはじめ、その後も度重なる台風等による被害を受け、その災害復旧に追われていたため、中小河川改修事業としての改修は、昭和三一年雲出川の改良事業に着手して以来、同四一年まで新規河川について改良事業に着手することができなかった。
特に志登茂川については、昭和五一年度から同五四年度にかけての河川激甚災害対策特別緊急事業(以下「激特事業」という。)により大幅に改修が促進されたにもかかわらず、同四六年度に策定した中小河川改修事業の全体計画を完成するためには、同六三年度以降においてもなお約七五億円を要するものと見込まれるのであり、鋭意促進を図っている志登茂川の改修費(昭和六三年度当初予算分五億二〇〇〇万円)をもってしても、今後更に約一五年を要することになる。
2 技術的制約
河川改修工事は、河川の安全度が箇所ごとにまちまちで不揃いであるため、その河川の水系を全般的に眺めて、特に安全度の低い箇所、改修の効果の大きい箇所から着手するとともに、下流原則に従い一般的には下流部から上流部にむかって、さらに、一定の区域の水害防止のための工事が当該部分の下流部の水害を助長しないように下流部から着手する必要があり、水系全般について段階的に安全度を高め、河川全体として上下流で整合のとれた治水機能の向上を図る方法でなければ工事の施行ができないという技術的制約がある。
志登茂川の河川改修工事は、従来から伊勢湾等高潮対策事業、河川等災害関連事業、中小河川改修事業を各採択して順次工事を進め、本件水害を契機として昭和五一年度に激特事業の制度が創設されると、いちはやくこれを導入し、災害復旧と防災対策を集中的に実施することとした。
また、段階的に河川の安全度を高めるため、当面、毛無川合流点から平野井堰間の流下能力見合いの流量(毎秒一五〇立方メートル)を平野井堰から前田川合流点までの区間で確保するべく改修が実施され、同五十七年度に完了した。引き続き昭和六〇年度からは、暫定計画高水流量(毎秒三〇〇立方メートル)に対応するべく下流部の毛無川合流点から上流部に向かって改修事業に着手している。
3 社会的制約
都市化の進展に伴う市街化区域の水害を防止するため用水、河川を改修する場合には、改修による利益を主として受けるのは市街化区域に新たに転入してきた住民である。ところが、右改修が古くからの土地所有者に顕著な利益がない場合には、土地所有者による事業への協力が得難く、用地交渉は極めて難航する。
志登茂川流域では本件水害を契機として各地区の自治会長等が中心になり志登茂川改修促進協議会が結成され、改修事業に関し土地所有者の理解も高まり、協力が得られた結果、用地買収が進んだが、それでも一四万八八二一平方メートルの用地を買収するのに六年もの長年月と多額の費用を要した。
4 時間的制約
以上のように財政的にも、技術的にも、社会的にもそれぞれ制約を受けるため、志登茂川の改修工事にあたっては当然に長い工期を要し、特に被控訴人らの主張するような本件災害時の異常豪雨を安全に流下させるような毎秒三〇〇立方メートルに対応する改修工事をするには、今後なお十数年の期間を要する。
二 本件水害の原因について
原判決は本件豪雨及び水害が地域的にも量的にも異常な大きさであったという事実を誤認している。
1 本件水害は、昭和四九年七月二四日午後一時から翌二五日午前九時までの二〇時間に総雨量330.5ミリメートルの異常な集中豪雨が降ったため、一身田地区の地形的特質(急速に市街化した低湿地帯)と、志登茂川、毛無川の流量及び一身田地区に縦横に走っている排水路等ではもはや排水することができなくなるほどの湛水が生じたことが相乗して発生したものであるから、この降雨量とそれによる総湛水量が最も重要な原因である。したがって、本件水害については、連続雨量を考慮すべきであるのに、単に志登茂川が小流域であるという理由で、本件水害に関する降雨の要因として短時間雨量を取り出して、本件豪雨の異常性を否定するのは相当でない。
2 低地での浸水状況は、洪水到達時間内雨量強度もさることながら、総雨量の多寡によって支配されるものであるところ、本件集中豪雨は、津地方気象台開設以来の豪雨であって、広く東海三県に被害を与え、なかんずく三重県中北勢部に甚大な浸水被害をもたらした。即ち、志登茂川のみをとりだして、その溢水とか改修とかを論じうる程度の水害ではなかったのである。
三 河川管理の瑕疵の不存在について
1 同種・同規模の河川の管理の一般水準からみた瑕疵の不存在
志登茂川は、津市内の伊勢湾岸に位置し水田地帯を流下し、古くから農業用水河川として利用されてきた中小河川であり、その幹川延長は14.5キロメートル、流域面積は46.9平方メートル程の規模である。
本件水害当時、三重県知事が管理していた河川は、八二水系五一六河川、河川延長は二四八万五九九二メートルで、そのうち二級河川は七五水系一八三河川、河川延長七八万二三三二メートルであった。
志登茂川と同種・同規模の河川として伊勢湾岸に位置し、都市近郊を流下する河川で幹川延長7.25キロメートルから二九キロメートル、流域面積23.45平方キロメートルから93.8平方キロメートルの規模にあるものを選定すると、別表一のとおり七河川が選定される。
朝明川は四日市市近郊、中ノ川は鈴鹿市近郊、三渡川、阪内川、金剛川は松阪市近郊、外城田川、五十鈴川は伊勢市近郊に各位置する。右七河川と志登茂川の昭和三七年から同四九年までの被害回数の比較は別表一記載のとおりである。即ち、一三年間の被害回数は、外城田川のみが志登茂川より三回ほど少ないものの、他の六河川はいずれも志登茂川と同数か、あるいはそれ以上の被害を受けている。これからしても志登茂川の整備水準は、三重県内の同種・同規模の他の河川の整備水準と同一水準にあることは明らかである。
2 改修中の河川の管理からみた瑕疵の不存在について
(一) 三重県下における昭和四六年四月一日までの河川の状況は、三重県知事管理にかかる1.2級河川四六八河川のうち中小河川改修事業、小規模河川改修事業及び河川局部改良事業で改修に着手した河川は六八河川である。また災害関連事業及び災害復旧助成事業で改良を実施した河川は六六河川(このうち二五河川は前記改修事業でも実施)である。従って、残りの三五九河川(全体の七七パーセント)は改修に着手していないという状況であった。
志登茂川では昭和三四年度から同三八年度まで伊勢湾等高潮対策事業で河口部から平野井堰までの改修を行い、平野井堰より上流については昭和三七年の一四号台風及び昭和四〇年の二三号台風による河岸等の損壊を契機として、河川等災害関連事業によって昭和三七年度から同四三年度にかけて改修を実施した。従って、同時に他の事業を行うまでの必要がなかったので昭和四七年度に中小河川改修事業に着手したもので、右各事業の採択につき格別不合理はない。
三重県知事は、昭和四六年八月及び同年九月に連続して志登茂川が氾濫したことを契機に直ちに同川の治水安全度を高めるための計画の策定に入り、翌四七年三月に中小河川改修事業として全体計画が策定され、改修に着手した。この間、本件被控訴人らを含む地元住民の志登茂川の改修を求める申し入れは、前記四六年の水害発生までは全くなく、深刻な被害も発生していなかった。
右全体計画の内容によれば、計画高水流量は毎秒四〇〇立方メートル、暫定計画毎秒三〇〇立方メートルであるところ、右計画規模は、洪水の氾濫災害を防止することを第一としており、流域内の社会的、経済的重要性並びに県内の他の同種・同規模の河川の計画規模との均衡等を考慮して策定され、また降雨量の年超過確率一〇〇年確率、三〇年確率に相当する全国水準を大幅に上回るものであり、合理性において欠けるところはない。
(二) 第一被控訴人らは、改修計画の設定時期が遅きに失したとか、控訴人三重県において、昭和二九年頃一身田地区に県道津・関線を開設し、また財団法人三重県開発公社をして昭和三五年から同三七年にかけて一身田団地を造成させたりして水害を激化させる糸口を作って一層改修の必要性を高めたものであるから、遅くとも新河川法の施行された昭和四〇年には改修に着手すべきであったと主張する。
しかしながら、次の諸点を考慮すれば、前記被控訴人らの主張は理由がない。即ち、
(1) 志登茂川については、昭和四六年度の全体計画まで河川改修が全く行われていなかったのではなく、昭和三四年度以降同四三年度まで災害関連事業等の治水事業がおこなわれており、より安全性を向上させるべく努力していた。
(2) 中小河川改修事業の着手時期については、別表二によって県内の同種河川と比較しても、志登茂川のそれが遅れているとは認められない。
(3) 「三重県における中小河川改修事業費実績」(別表三)の示すとおり、志登茂川より先に同事業に着手した宮川等一二河川の想定氾濫面積、区域内の資産、過去の洪水、被害額等を志登茂川のそれと対比しても、志登茂川のそれらが前記一二河川に勝っているとは認められないので、志登茂川について特に改修の緊急性及び必要性が高かったとはいえない。
四 原判決の判断に対する反論
原判決の判断は、次の二点に於て我国の現行の治水行政の体系に根本的に抵触し、また大東水害訴訟最高裁判決にも反して失当である。即ち、
第一点は、河川管理の瑕疵の判断に当たり、その管理の特質に由来する財政的、技術的、社会的、時間的制約について、これを違法阻却事由ないしは滅却事由としたうえ、被告たる控訴人側にこの点につき立証責任を負わせたこと、
第二点は、志登茂川は、改修計画に基づいて現に改修中であるにも拘わらず、未改修部分である前田川合流点(JR紀勢本線鉄橋)付近から平野井堰に至る区間につき改修が未だ行われていないことをもって河川管理に瑕疵があるとしたことである。
五 附帯控訴につき
第一被控訴人らの主張はすべて争う。(証拠関係)〈省略〉
理由
一第一・第二被控訴人らの被災の事実、志登茂川流域の特性及び改修工事、一身田地区の特質及び従来の水害、本件水害時の雨量等、本件水害時の志登茂川の溢水と浸水状況並びに毛無川の溢水と浸水状況並びに本件水害の主な原因に関する当裁判所の認定及び判断は次に付加訂正するほか、原判決理由一ないし三(原判決九四枚目表七行目ないし一三二枚目裏末行まで)説示と同一であるから、これを引用する。当審における新たな証拠調べの結果によってもこの認定を左右しえない。
1 原判決九五枚目表二行目「九八」とあるのを「九六」と訂正し、同表六行目から七行目にかけて「石丸増歳」とあるのを「石丸益歳」と訂正し、以下理由中の石丸に関する記載はすべて同様に読み替える。
2 原判決九七枚目裏六行目「同第四八号証、」とある後に「第八八号証の一・二、第八九号証、」と付加する。
3 原判決九八枚目表六行目「井堰及び堤防等」とある部分以下同九行目「証拠はない。」とある部分までを「第五四号証、第七六号証の一ないし四、第九一号証、当審証人清水保、同水谷正一、同小菅孝夫の各証言、原審(第一ないし第四回)及び当審における井堰及び堤防等の検証並びに原審及び当審における映画フィルムの検証の各結果を総合して判断すると後記の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。」と改める。
4 原判決一〇三枚目表初行冒頭以下同一〇行目末尾までを削除する。
5 原判決一〇四枚目裏初行から同二行目にかけて「災害関連事業」とある部分の前に「昭和三七年の一四号台風による河道損壊による」と、同三行目の「同じく災害関連事業」とある部分の前に「昭和四〇年の二三号台風による河道損壊によって」と各付加する。
6 原判決一〇五枚目表初行「従前」とある部分以下同二行目「同じく」とある部分までを「平野井堰右岸の一五〇メートルの区間は一部切り下げた所もあったが全体として約七〇センチメートルに盛土され、また」と改め、同六行目「石頭」とあるのを「石」と訂正する。
7 原判決一〇五枚目裏三行目冒頭以下同一〇行目末尾までを「右各改修工事は、河道断面の拡幅あるいは流路修正など通過能力の増大を計る洪水処理を直接の目的とする改修工事ではなかったが、災害関連工事は、事業費の一部を国庫が負担することによって災害復旧に加えて実施する改良工事であるから、前記各事業によって河積は従前より約五〇パーセント拡大した。」と改める。
8 原判決一〇六枚目裏五行目「相当するということである。)」とある部分の後に「左記許可状況からみると昭和三五年以降同四〇年までに転用許可のされた面積は、転用された全面積の約三分の一程度にすぎないことは計数上明らかである。」と付加する。
9 原判決一〇九枚目表末行「その後右岸の溢流堤が廃止された後は、」とある部分及び同裏二行目から三行目にかけて「これが一身田団地により流路を妨げられる結果、」とある部分を各削除する。
10 原判決一一〇枚目表八行目冒頭以下同裏七行目末尾までを次のとおり改める。
「右全体計画によれば、志登茂川の今井橋、横川合流点、毛無川合流点をそれぞれ基準点として、一〇〇年確率の将来計画、三〇年確率の暫定計画をたて、それぞれ右確率による計画高水流量が定められているが、これによると一〇〇年確率では、今井橋では毎秒四〇〇立方メートル、横川合流点では毎秒五三〇立方メートル、毛無川合流点では毎秒六六〇立方メートルと、また三〇年確率では、今井橋では毎秒三〇〇立方メートル、横川合流点では毎秒三一〇立方メートル、毛無川合流点では毎秒三九〇立方メートルとされている。そうして、前田川合流点(JR紀勢本線鉄橋)付近から毛無川合流点までの四三二〇メートルについて河道の直線化、河幅拡張、堤防の整備、平野井堰及び今井井堰の改築、橋梁の架け替え等が計画された。
更に支川である毛無川については、嘉濱池から毛無川合流点までの三三二〇メートルを一身田地区の水害対策上必要であるとして同時に改修を計画したが、同川が市街地を流れているので河幅拡張が思うようにできず、結局人家密集部分をはずして五六川の改修とともに行うことにしている。
ちなみに、右全体計画は、河川法一六条所定の工事実施基本計画ではなく、いわばこれの基になる内容を有するものであったが、昭和四七年六月に確定され、以後、これによって志登茂川の改修工事は進められた。
11 原判決一一一枚目表二行目冒頭に「三重県が単独事業として」と付加し、同一〇行目冒頭以下同裏九行目末尾までを削除する。
12 原判決一一一枚目裏一〇行目「そして、第一期計画としては、」とあるのを「前記全体計画の第一期計画は、」と改め、同一一二枚目表一〇行目冒頭以下同裏四行目末尾までを次のとおり改める。
「即ち、災害復旧助成事業及び災害関連事業が十分に機能しない部分を補って早期に再度の災害防止を可能にするために、昭和五一年に激特事業が創設されると、志登茂川改修事業は、早速これを前田川合流点から横川合流点までの区間に採択し、毛無川合流点から平野井堰までの流下能力見合いの毎秒一五〇立方メートルを平野井堰から前田川合流点まで確保するべく工事が進められ、中小河川改修事業による河道拡幅、護岸工事と共に新平野井堰、新今井井堰、平野橋、極楽橋、今井橋、川北橋の改修が激特事業で行われた。毎秒一五〇立方メートルを確保する右工事は昭和五七年完成した。この間に要した事業費は前記両堰の改築費六億五三〇〇万円も含めて五七億四一〇〇万円であった。つづいて、全体計画で定めた毎秒三〇〇立方メートルを確保するべく毛無川合流点から上流に向けて改修工事にかかり、昭和六〇年度から同六二年度までに事業費約一一億四四〇〇万円をかけて用地買収、西浜橋改築を行い、現在も改修を継続している。」
13 原判決一一五枚目裏六行目「昭和四九年度」とあるのを「昭和四九年」と、同一一六枚目表二行目「成立について」とある部分以下同三行目「前記甲第一三号証、」とある部分までを「成立に争いのない甲第一七号証及び前掲甲第三号証、第一三号証、」、同九行目「甲第二〇、二一号証の各一、二、」とあるのを「甲第二〇号証、第二一号証の一、二」と各訂正し、同一〇行目「同細井」とある部分の後に「当審証人水谷正一」と各付加し、同一一六枚目裏五行目「甲第一〇号証の一ないし七四」とあるのを「甲第一〇号証の一ないし七六」と訂正する。
14 原判決一二一枚目表七行目、同九行目、同一二三枚目表五行目に各「一身田地区」とあるのをそれぞれ「一身田市街地」と、同一二二枚目裏七行目「一身田地区東側の」とあるのを「一身田市街地の東側にある」と、同一二四枚目裏三行目から四行目にかけて「甲第二三号証の一ないし五」とあるのを「甲第二三号証」と、同一二五枚目表四行目「中流部」とあるのを「上流部」と各訂正する。
15 原判決一三一枚目裏二行目「集中豪雨が降ったためであり、」とある部分以下同六行目「付言する。」とある部分までを「集中豪雨が降ったためであると主張するのでこの点について付言する。」と改め、同七行目「(1)」を削除し、同一三二枚目表末行冒頭以下同裏末行末尾までを削除する。
二志登茂川改修のための財政的・時間的・技術的及び社会的制約について
〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
1 三重県は地形的にも、また気象からしても風水害を受けやすく、全国的にみても有数の水害被害の多発県である。別表四は戦後の三重県の主な水害被害を示すものであるが、特に昭和二八年の一三号台風、同三四年の伊勢湾台風は同県に未曾有の被害をもたらした。昭和二七年ないし同三〇年頃及び同三八年ないし同四一年頃、三重県は数年続きの赤字財政に苦しんだが、これには右二回の天災の災害復旧に要する支出の影響が無視しえないものであった。
2 三重県の河川は、昭和五一年三月三一日現在、一級河川は七水系三三三河川、二級河川は七五水系一八三河川、総延長2485.992キロメートルであり、このうち五〇八河川、2311.137キロメートルを三重県知事が管理している。
別表五によれば、昭和三七年ないし同五四年までの間に右県知事管理河川のうち年平均一六〇河川が被災し、平均被害額は年七八億三五〇〇万円である。右一八年間で最も被害額の大きかったのは本件水害の起きた昭和四九年で四五三億七四〇〇万円であり、次いで昭和四六年の三一九億二六〇〇万円であり、いずれも平均年の四ないし五倍にも相当する。
3 三重県は前記一三号台風及び伊勢湾台風で海岸部に甚大な被害を受け、以後海岸部、河口部の施設整備を第一の課題としていたが、これも昭和三〇年代に一応整備された。しかし、その後も河川海岸費の歳出に占める割合は大きく、昭和四〇年以降同五五年までの三重県の歳出予算決算総額に占める土木費の割合は平均21.7パーセントであり、河川海岸費が土木費に占める割合は平均29.3パーセントである。しかるに、この間の全国平均は前者が20.8パーセントであり、後者が21.5パーセントであることからも、三重県が災害復旧に追われている様がうかがえる。
4 志登茂川流域に三六存在する取水堰のうち、受益面積が1.2位を占める平野井堰(受益面積五〇ヘクタール)、今井井堰(受益面積六〇ヘクタール)の通水能力が、いずれも毎秒五〇立方メートルしかないこと及びかんがい用水の取水量を大きくするためとはみられるが、両井堰とも川の流下方向に平行に堰を設けているため、河道を堰の部分で大きく蛇行させざるをえない工法がとられていたことが一身田地区に水害を招く一因と認められる。従って、志登茂川の改修は単に河道の拡幅にとどまらず、両井堰の改築をも伴うものとなり多大の費用と歳月を要するばかりでなく、複雑な水利権が先に認定した志登茂川の治利水理念とも絡んで用地買収が困難を極めるであろうことは容易に推認されるところであった。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
右認定事実に先に認定したとおり昭和四七年から実施された志登茂川改修工事は、三一〇〇メートルの区間に暫定計画の二分の一の通水能力を確保するために五七億四一〇〇万円の費用と一一年間の歳月を要したことを合わせ考えると、二級河川の志登茂川の改修は、災害復旧に追われていた三重県においては少なからざる財政的、時間的制約を受けていたと認められるとともに、志登茂川の治利水理念と流域住民の被害者同盟が作られた時期等を合わせ考えると、志登茂川が古来農業用水として利用されて来た歴史的沿革からみて、流域住民としては、多少の溢水はやむをえぬものとして忍受する風潮にあったことも社会的制約となっていたと認めるのが相当である。
三志登茂川の河川管理の瑕疵の有無について
1 既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中の河川の管理についての瑕疵の有無については、右計画が、当該河川に過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他自然条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合考慮し、財政的、技術的、社会的等諸制約のもとで同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして合理性を有するか否かを判断して、これが格別不合理なものでないときは、その後の事情の変動により当該河川の未改修部分につき早期に改修工事を施工すべき特段の事由が生じない限り、右部分につき改修がいまだ行われていないとの一事をもって河川管理に瑕疵があるとすることはできない(前掲「大東水害訴訟最高裁判決」参照。)。
2 本件水害は、昭和四七年六月に確定し、実施された全体計画に基づいて第一期計画が進行中に発生したことは先に認定した通りである。よって、右全体計画の合理性についてまず判断する。
(一) 〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 昭和五二年に建設省の発行した「国土建設の現況」は、中小河川の洪水対策の立ち遅れを指摘している。これによれば、昭和五一年度末の全国の中小河川の整備状況は、要整備延長七万三五〇〇キロメートルの内、時間雨量五〇ミリメートル相当の降雨(五ないし一〇年確率)で安全な区間は一万九〇キロメートルにすぎず、整備率は13.7パーセントときわめて低いことが認められる。第五次五箇年計画は、災害の発生しやすい河川、都市周辺部の河川、農業基盤整備事業等に関連して施行を要する河川に重点を置いて中小河川の整備を促進し、昭和五六年末には整備率二〇パーセント程度に引き上げることを計画している。
(2) 三重県内の五一六河川の中から別表一のとおり延長、流域面積が志登茂川と同規模の七河川を選定し、昭和三七年から同四九年までの一三年間の被害の回数、各河川に補助改修の採択された年及びその種類を対比すると、これら河川は一級河川である五十鈴川を除けば、いずれも二級河川であり、被害の回数は別表一記載のとおりであって外城田川以外はすべて志登茂川と同じか、或いはそれより多くの被害を受けている。また、改良事業の適用された日時は別表三のとおり昭和二四年に中小河川事業の適用を受け、爾来継続して改修している五十鈴川、同じく昭和二八年に同事業の適用を受けた中ノ川を除けば、朝明川は昭和四九年、三渡川は昭和五一年、金剛川は昭和四八年と、いずれも志登茂川より遅れて中小河川改修事業の適用を受けており、阪内川は昭和三七年に、外城田川は昭和三八年に各小規模河川改修事業の適用を受けている。ちなみに、昭和五七年度では中小河川改修事業採択河川の事業費は一河川当たり二億一六〇〇万円であるのに対し、小規模改修事業採択河川では一河川当たり五九〇〇万円にすぎない。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
(二) いずれも先に認定した志登茂川の流域及びその特性、その治水及び利水の特徴、従来の浸水被害の規模、回数、発生原因及び志登茂川における高潮対策事業、災害関連事業についで、その効果がないと知るや直ちに全体計画の策定に入った河川管理者の対応等諸般の事情を総合勘案し、これに前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念、即ち前項で認定した三重県内の二級河川の管理状況及び全国における二級河川の管理の立ち遅れに対比して判断すると、志登茂川に対する前記全体計画は合理的なものとしてこれを是認することができる。
(三) 第一被控訴人らは、志登茂川は昭和三七年以降同四九年までの間に、三重県内で最も大きい家屋被害を発生させた河川であったが、その原因は志登茂川の溢水の流路に控訴人三重県が県道津・関線及び一身田団地を開設したことにあるとして、危険作出者たる同控訴人は遅くとも昭和四〇年には同川の改修計画を実施すべき義務があったもので、昭和四七年に策定実施された前記安全計画は緊急性に反すると主張し、弁論の全趣旨によっていずれも成立の認められる甲第四九号証ないし第五一号証によれば、昭和三七年以降同四九年までの間における志登茂川水系の家屋被災が他の河川に比して大であることが認められる。
そこで志登茂川が昭和四〇年当時第一被控訴人ら主張のように緊急に改修を要する状況にあったか否かについて判断するに、右甲号各証は前掲乙第七四号証に基づき作成されたものであるけれども、これを子細に検討すれば、金剛川水系を除く一一水系は志登茂川よりも早く、最も早い宮川水系は昭和一四年から、それぞれ中小河川改修事業を適用して改修に着手している河川であり、志登茂川と同じ昭和四〇年代に改修にかかったのはわずかに員弁川及び伊勢路川のみであることが認められる。従って、前記甲号各証は、結局改修の程度が志登茂川より進んだ河川との対比をもって志登茂川の被害の大きさを立証するものに外ならず、従って、かかる対比のみをもって直ちに志登茂川が三重県内で最も大きい被害を引き起こす河川であると認めることはできない。他にこの点の同被控訴人らの主張事実を認めるに足る証拠はない。
かえって、〈証拠〉によれば、先に認定したとおり(原判示理由二・2(六))一身田地区は、過去一六年間の九回の水害の内、最も大きな浸水被害を受けた昭和三四年八月一三日の七号台風以来昭和四六年の二度の台風までの間に、昭和三四年九月の伊勢湾台風を除けば、同三六年六月二六日、同四〇年九月一七日、同四二年一〇月二八日にそれぞれ前線性降雨や台風によって浸水被害を受けていること、その内特に昭和三六年と同四二年の際の降雨量は津気象台の明治三八年以来の記録によっても、二時間ないし2.5時間雨量として十数位という高位を記録しているにもかかわらず、一身田地区における実際の被害は記録に残らない程度であったり、浸水率2.7パーセント程度の床下浸水が生じた程度であったことが各認められる。右事実に前記のように昭和四六年の台風後初めて地元住民の被災者同盟が行政機関に働きかけを起こしたこと及び昭和四〇年頃の一身田地区の都市化の状態は当時の転用された農地の割合からしても、さしたるものではなかったと認められることを合わせ考えると、昭和四〇年頃の志登茂川の改修は、その頃行われていた災害関連事業で足り、特に緊急に改修を要する状態にはなかったと認めるのが相当である。
第一被控訴人らの主張が、昭和四〇年当時緊急性がなくても、もともと控訴人らは危険作出者であるから、同年の新河川法施行と同時に工事実施基本計画を立て、これを実施すべき義務があったというにあるならば、次項に認定するとおり控訴人らは危険作出者とは認められないのみならず、前認定の昭和四〇年当時の志登茂川の状況からすれば、河川管理者たる三重県知事は被害の激化を予測して、これを防御すべき義務があったとまでは認めることはできない。
以上のとおりであるから、この点の第一被控訴人らの主張は、いずれにしても採用することができない。
3 第一被控訴人らは、次に前記のとおり志登茂川の水害を激化せしめる原因を作ったのは控訴人らであるということを、本件改修の全体計画を早期に繰り上げるべき特別事情として考慮すべきであると主張する。
しかしながら、一身田団地を開設したのは、控訴人三重県が県議会の議決を経て設立した財団法人三重県開発公社(後に組織変更して三重県土地開発公社)であるのに対し、志登茂川の管理は、河川法一〇条によって国の機関としての三重県知事の行うもので、本来主体が異なるものであるから、同被控訴人らのこの点の主張は採用することはできない。のみならず仮に第一被控訴人らの主張が、河川管理者である知事と前記公社を設立した控訴人三重県との密接な関係を前提とするものであったとしても、次に認定するとおり一身田団地の開設が同地区の水害を激化せしめる原因となったとまでは直ちに認めることはできないから、同被控訴人らの右の主張は前提を欠き失当として採用することができない。
即ち、〈証拠〉によれば、本件水害によって一身田団地は、志登茂川の溢水流が一身田平野へむけて流れていく流路となって、同団地では分譲住宅や一戸建の県営住宅ばかりでなく鉄筋コンクリート三階建の県営アパートまで、少なからざる被害を受けたこと、昭和四一年に同団地に入居した右福井証人は、入居後本件水害以前にも同様に床上浸水の被害を受けていることが認められるところ、これらの事実と先に認定した昭和三四年から同四六年までの間の一身田地区の浸水被害の結果(原判示)とを総合して判断すると、一身田団地開設後、一身田地区は同程度の雨量でも床上浸水の被害を受けた場合もあれば、床下浸水程度ですんだ場合もあって、同団地の開設が必ずしも大被害に結び付いているわけでなく、また、本件水害のごとく一身田地区が大きな被害を被った場合は同団地も同様に被害を受けているのであるから、一身田団地の開設が一身田地区の都市化を招き、他の原因と重なり合って水害被害を深刻化させる一因となったことは否めないにしても、右開設が直ちに水害被害を増大させたとまでは認めることができない。第一被控訴人らの主張に添う原審証人水山高幸及び当審証人水谷正一の各証言部分は、いずれも本件水害発生後の結果からみてこれを推論させるものというに過ぎず、これらをもって直ちに同被控訴人らの主張を認めさせる資料とはなし難い。
同様に県道津・関線の開設についても先に認定した同県道の設置された日時、その後の志登茂川の水害被害の激化した時期を対比すれば県道の開設が水害被害を増大させたとまでは認め難いから、この点から控訴人三重県を危険作出者とする第一被控訴人らの主張も採用することができない。
以上のとおりであって他に早期に改修工事を施工すべき事情の変動につき主張、立証のない本件では、河川管理者たる三重県知事に本件志登茂川の管理に瑕疵があったと認めることはできない。
四結び
以上の次第であるから、志登茂川の管理に瑕疵があることを前提にした第一・第二被控訴人らの本訴請求は、爾余の点の判断をするまでもなく失当であるから棄却を免れない。
よって、右被控訴人らの請求を一部認容した原判決を取り消し、同被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし、かつ第一被控訴人らの附帯控訴は当審における拡張部分も含めて、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官瀧田薫 裁判官笹本淳子 裁判官豊永多門)
別紙被控訴人目録一~五〈省略〉
別表一
水系名
幹川河川延長
(Km)
流域面積
(Km2)
被害回数
志登茂川
14.5
46.9
16 (8)
朝明川
25.8
86.1
23 (7)
中ノ川
21.1
42.9
23 (5)
三渡川
8.0
25.9
25 (9)
阪内川
19.5
40.3
16 (3)
金剛川
10.3
40.4
19 (3)
外城田川
7.7
50.5
13 (5)
五十鈴川
10.2
50.5
24 (9)
※幹川延長については、昭和50年5月河川認定調書による。
※被害回数は、昭和37年から昭和49年まで、水害統計から拾い出したものである。一般資産等被害、公共土木施設被害、運搬・通信・電力施設等被害のうちいずれかの被害が一連の気象(例7/13~8/1断続した豪雨)により生じた場合に一回と数えた。カッコ( )内は以上の被害回数のうち家屋被害が生じた回数である。
別表二
水系名
被害回数(水系)
中小着手(幹川)
三滝川
20 (6)
S16
安濃川
15 (4)
S21
赤羽川
19 (2)
S23
中ノ川
16 (4)
S28
員弁川
19 (8)
S42
伊勢路川
15 (3)
S45
志登茂川
11 (5)
S47
金剛川
13 (2)
S48
※(乙第74号証による)
別表三
三重県における中小河川改修事業費実績
年度
着工
~34年
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
55
56
合計
備考
河川名
着手
年度
宮川
14
140.492
14.0
14.0
14.0
14.0
5.6
7.0
18.0
32.0
42.0
62.0
65.0
75.0
70.0
70.0
62.3
705.392
50年直轄編入
三滝川
16
217.176
14.3
13.6
15.0
23.0
25.0
25.0
17.0
27.0
42.0
64.0
90.0
108.0
200.0
134.0
210.0
187.0
204.0
265.0
284.0
300.0
310.0
415.0
3,190,076
櫛田川
21
51.6
51.6
27年打切
37年直轄編入
安機川
21
191.45
11.0
13.0
15.0
14.3
16.0
23.0
34.5
39.0
59.0
77.0
83.0
110.0
90.5
138.0
111.7
120.0
90.0
118.0
110.0
110.0
140.0
100.0
1,814.45
赤羽川
23
46.6
46.6
27年打切
五十鈴川
24
222.45
11.0
13.0
17.0
17.0
17.0
19.0
19.0
23.0
25.0
20.0
17.0
69.0
95.0
50.0
40.0
39.0
45.0
75.0
84.0
141.0
156.0
150.0
1,364.45
中ノ川
28
68.41
12.2
19.0
21.6
35.0
34.4
57.0
57.5
60.0
38.0
38.0
70.0
159.786
215.0
230.0
279.1
344.0
350.0
310.0
300.0
300.0
365.0
350.0
3,713.996
木津川
30
36.2
10.0
27.0
39.0
39.0
37.0
42.0
53.0
50.0
50.0
53.0
54.0
54.0
57.0
60.0
63.0
249.0
390.0
420.0
633.0
618.0
630.0
630.0
4,294.2
雲出川
31
27.0
9.0
36.0
36年直轄編入
名張川
41
8.0
8.0
42年直轄編入
員弁川
42
8.0
20.0
20.0
26.0
130.0
140.0
100.0
100.0
100.0
138.0
110.0
172.0
272.0
272.0
281.0
1,889.0
伊勢路川
45
12.0
0
20.0
29.0
20.0
60.0
70.0
70.0
132.0
117.0
100.0
90.0
720.0
志登茂川
47
106.5
48.0
134.3
365.0
6.0
14.0
20.0
40.0
205.0
206.46
1,145.26
金剛川
48
12.0
3.0
18.0
70.0
169.0
270.0
300.0
270.0
230.0
1,342.0
朝明川
49
12.0
18.0
23.0
73.0
85.0
74.0
116.0
100.0
501.0
鹿化川
50
170.0
5.0
5.0
10.0
112.0
39.0
70.0
411.0
三渡川
51
15.0
35.0
45.0
30.0
35.0
60.0
220.0
志原川
52
15.0
20.0
20.0
13.0
5.54
72.54
大内山川
54
51.0
60.0
90.0
201.0
赤羽川
55
15.0
45.0
60.0
大掘川
56
12.0
12.0
合計
81.5
99.6
121.6
142.3
135.0
173.0
207.0
239.0
276.0
334.0
417.0
705.786
994.0
871.0
1,035.4
1,670.0
1,406.0
1,679.0
2,165.0
2,485.0
2,725.0
2,835.0
21,798.564
別表四
三重県における戦後の主な災害状況
災害発生年月日
災害種別
人的被害(人)
建物被害(棟)
耕地被害
(ヘクタール)
道路被害
橋梁損壊
堤防欠壊
被害金額
(千円)
死者
行方不明者
負傷者
全壊(全焼)
半壊(半焼)
流出
家屋浸水
一部破損
非住家被害
20.9.17
枕崎台風
4
5
239
227
1,555
24,778
30
10
14
20.10.13
阿久根台風
1
97
8
4
3
21.7.30
暴風雨
29
21
229
8
21.12.21
南海道大地震
71
35
139
110
23
1,435
28
4
22.2.12
北牟婁郡海山町大火
175
22.4.21
暴風
11
4
11
6
23.11.19
アグネス台風
5
1
1
1
16
1
2,272
15
2,940
7
10
21
24.7.29
ヘスター台風
3
2
8
2
3,389
8,081
390
128
411
24.9.23
大雨
4,702
4,580
3
5
7
26.10.15
ルース台風
1
1
1
4
4,702
3
73
1,244
2
26.12.15
松阪市大火
718
27.6.24
ダイナ台風
2
2
1
2
4,543
5
7,592
57
27
25
28.8.14
大雨
13
19
73
71
129
31
12,589
51
10,960
437
87
416
4,427,000
28.9.25
13号台風
44
6
2,491
1,282
4,953
436
69,626
10,747
39,677
6,095
1,389
1,985
60,140,012
29.8.15
5号台風
2
9
2
13
509
25
140
21
5
99
130,408
29.9.2
大雨
1
2,728
46
17
1
36
289,844
29.9.14
12号台風
3
2
54
483
38
42
4
101
9
65
2,533,942
29.9.18
14号台風
1
1
32
20
105
5
5,207
64
847
8,706
289
69
257
4,049,676
29.9.25
15号台風
2
3
2
31
111
68
3
202,450
31.9.27
15号台風
11
1
9
4
19
2
6,042
134
152
63
58
2,214,678
33.8.25
17号台風
2
2
7
16
54
5
5,555
26
204
33
39
2,585,803
33.9.17
21号台風
1
5
1
360
2,054
61
10
108
598,993
33.9.26
22号台風
2
5
4
605
2,476
91
6
117
442,460
34.8.14
7号台風
4
3
22
38
6
2,197
274
294
92
116
4,866,613
34.9.26
伊勢湾台風
1,233
48
5,688
5,386
17,786
1,339
62,655
29,818
2,102
417
942
182,607,845
35.5.23
チリ地震津波
2
85
1
6,152
1,452
16
7
25
10,486,507
35.10.7
豪雨
4
2
3
14
24
31
5,168
88
214
42
75
4,585,601
36.6.25
豪雨
11
6
11
13
37
3
15,335
502
1,461
165
300
7,148,051
36.9.16
第二室戸台風
3
54
206
491
1
3,129
2
357
19
7
4,903,924
36.10.26
豪雨
3
3
1
5
3,185
114
429
36
49
2,474,271
37.7.27
7号台風
2
1
1
2
2
2
2,573
2
349
8
6
1,548,477
37.8.26
14号台風
3
14
88
227
2,079
437
275
32
120
3,130,564
40.9.10
23号台風
1
3
5
16
308
1,082
960
9
339
14
138
1,780,259
40.9.17
24号台風
2
16
16
137
12,423
4,103
6,392
565
1,165
86
1,108
8,910,668
41.6.10
豪雨
1
1
420
3,600
108
2
60
130,719
41.8.15
集中豪雨
1
1
2
117
1,151
128
3
65
258,751
41.9.24
24号・26号台風
1
1
1
378
2
6
2,530
128
3
42
284,137
42.8.18
18号台風
1
4
323
28
4
653
191
4
681,868
42.10.17
34号台風
19
4
4
16
19
6,454
400
43
553
380
14
7
2,682,139
43.2.15
~16
大雪による
5
4
(林野被害)
33,729
7,772,340
43.7.27
~28
台風4号
1
1
79
1
41
56,927
160
5
17
1,202,712
43.8.25
~29
秋雨前線
3
441
4
0.9
124
1
2
475,188
43.9.24
~27
南部地方大雨
1
7
4
146
2
12
6.95
72
3
390,080
44.7.4
~9
梅雨前線による大雨
32
1
250
4
577,315
44.8.3
~5
7号台風
1
38
4
45
514,857
45.1.29
~30
低気圧による大雨
(農水産物)
1,098,267
18
1
1,101,422
45.6.14
~21
梅雨前線による大雨
1
691
1
31ケ所
146
1
2
444,778
45.7.5
~6
台風2号
1
1
1
1
341
4
345
3
233
1,453,098
45.7.30
北勢地方の集中豪雨
1
2
2
9
2,718
3
93ケ所
92
7
217
693,000
45.9.17
鈴鹿地方の集中豪雨
3
1
3,278
102ケ所
28
1
69
381,930
46.1.15
~17
強風による
8
104,040
46.4.28
~29
低気圧による大雨
1
1
2
87
1
1
18ケ所
144ha
57
1
22
101,996
46.6.1
降ひよう
477
126,000
46.7.6
~7
台風13号
6,167
26
618ケ所
11.2
399
8
253
910,777
46.8.4
~6
台風19号
8,800
30
13
294,195
46.8.30
~31
台風23号
4
16
13
41
22,025
111
2,171
255.8
1,996
116
2,656
26,638,549
46.9.9
~10
三重県南部の集中豪雨
42
39
66
33
1,762
8
96
24.9
346
14
353
9,348,264
46.9.26
台風29号
7
1
6
8
15
25
122
1,169
31.9
688
46
1,025
8,906,245
47.7.10
~13
前線活動による三重県大雨
855
51
27
933
741
22
258
1,764,659
47.7.15
台風6号
1
4
845
52
24
862
497
4
308
1,173,337
47.9.9
熱帯低気圧による大雨
2
1,614
250
255
6
284
1,152,241
47.9.14
~15
日本海を北東に進んだ低気圧による大雨
1
2
6
32
2,851
15
92
1,074
103
9
70
1,114,789
47.9.16
台風20号
1
34
51
327
7,318
4,379
3,547
31,899
1,893
57
1,285
21,782,376
49.7.7
~8
台風8号及び梅雨前線による大雨
2
8
12
24
21,361
60
277
5,513
816
77
1,044
13,444,120
49.7.24
~25
低気圧による大雨
9
56
32
58
47,575
266
1,647
16,486
1,878
156
2,925
59,427,368
50.8.22
~23
台風6号
4
1,150
41
239
858
262
9
351
3,576,366
51.9.8
~13
台風17号と前線による大雨
1
3
10
8
14,246
3
666
9,651.5
1,607
42
1,131
25,334,016
52.9.8
~10
前線と台風9号による大雨
1
156
52
218
34
2
33
1,600,169
53.9.15
台風18号
2
216
6
11
81.9
124
4
229
1,870,066
54.9.1
~4
熱帯低気圧に伴う停滞前線と台風12号
5
2
131
51
3
1,320
208
4
250
3,266,433
54.9.29 10.1
秋雨前線と台風16号
5
28
12
421
313
10,521
56
49
3,931,627
54.10.18
~19
台風20号
4
1
1,433
27
83
2,673
337
6
537
12,054,173
55.5.31 6.1
大雨
1
383
1
2
3,102.7
162
1
164
2,216,596
55.10.13
~14
台風19号
1
374
13
1
480.2
93
4
104
1,375,497
備考 三重県地域防災計画添付資料による。
別表5
三重県の知事管理河川における各年次別被害額とその河川数
(単位:百万円)
年度
知事管理
河川数
(A)
被災河川数
総被害額
総数
(B)
(B/A)(%)
被害額が
1億円以上
〃
5千万円以上
1億円未満
〃
1千万円以上
5千万円未満
〃
1千万円未満
37
259
39
15.1
9
11
9
10
3,466
38
261
2
0.8
1
-
-
1
140
39
261
70
26.8
-
2
11
57
481
40
290
179
61.7
21
17
53
88
6,996
41
303
132
43.6
1
2
38
91
1,530
42
397
177
44.6
5
7
46
119
2,929
43
457
173
37.9
3
2
32
136
1,681
44
461
133
28.9
1
1
20
111
1,003
45
461
173
37.5
10
8
29
126
4,699
46
461
271
58.8
58
24
81
108
31,926
47
475
236
49.7
23
28
102
83
12,676
48
482
78
16.2
3
3
25
47
1,701
49
488
272
55.7
75
18
70
109
45,374
50
508
204
40.2
8
12
68
116
4,666
51
508
285
56.1
37
23
86
139
15,803
52
513
160
31.2
1
5
38
116
1,810
53
514
91
17.7
1
3
22
65
965
54
515
207
40.2
4
16
42
145
3,195
計
7,614
2,882
37.9
261
182
772
1,667
141,041
平均
423.0
160.1
37.9
14.5
10.1
42.9
92.6
7,835.6
(注) 昭和54年水害統計による。(被害額は昭和54年価格)